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金沢地方裁判所小松支部 平成3年(ワ)83号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金一五一万九五〇〇円及び内金七万一九二八円に対する平成三年三月三一日から、内金一四四万七五七二円に対する同年四月二〇日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、金一六六万九五〇〇円及び内金七万九〇二八円に対する平成三年三月三一日から、内金一五九万〇四七二円に対する同年四月二〇日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、葬祭契約に基づき、その葬儀料残金一五九万〇四七二円及び葬祭事務処理に必要な費用の立替金残金七万九〇二八円の支払並びにその付帯請求(その起算日は、前者の遅延損害金が本件請求にかかわる調停の第一回期日の翌日である平成三年四月二〇日、後者の利息が立替金支払日以後の同年三月三一日で、その利率は商事法定利率の年六分の割合による。)を求めた事案で、主たる争点は原告の不完全履行の成否である。

一  争いのない事実

1  甲野太郎は小松市議会議長の職にあった平成二年一二月二四日に死亡し、その通夜が同月二六日に、告別式が同月二七日に、被告を喪主として、小松市末広体育館で行われた。

2  原告は、葬祭等を目的とする有限会社であるところ、平成二年一二月二五日、被告との間で、原告が甲野太郎の葬儀の事務をすること、葬儀料金は三二一万円とする旨の葬祭契約(準委任契約)を締結した。

3  被告は、原告に対し、平成三年三月に一七〇万円を支払った。なお、弁論の全趣旨によれば、原告は、右金員を、葬儀料及び後記立替費用の割合に応じてその債権に充当したことが認められる。

4  原告は、被告を相手方として、葬儀料残金の支払を求める調停の申立てをし(小松簡易裁判所平成三年(ノ)第二三号)、平成三年四月一九日の第一回調停期日において、その支払を求めた。

二  争点

1  原告は、葬祭契約に基づく債務の本旨に従った履行をしたか否か。

(一) 原告の主張

原告は、葬祭契約に基づき、善良なる管理者の注意をもって、平成二年一二月二六日に甲野太郎の通夜の事務を、翌二七日に同告別式の事務を、それぞれ処理した

(二) 被告の主張

(1) 通夜における不完全履行

葬儀社に通夜及び告別式を依頼した場合、式の司会は葬儀社が行うのが普通であるが、葬儀社が自らそれをしない場合でも、葬儀社はその式次第及び司会者の発言内容等を指導するのが慣行となっており、被告が原告に本件通夜及び告別式の事務を依頼した際も、当然そういう内容の葬祭契約を締結した。

原告代表取締役乙川二夫(以下「乙川」という。)は、通夜の始まる直前に、本件とは別個の仕事に従事するため式場を離れ、式場には作業服姿の原告従業員だけが残り、しかも、彼らによる通夜の司会は勿論、その指示及び指導は一切なかった。その結果、通夜は、故人の近所の人が最初に開会を宣しただけで、あとは司会がない状態となり、本来ならば、住職による一回目と二回目の読経の間に一般焼香があり、二度目の読経の後、遺族等の挨拶があって終了するべき手順のところ、一回目の読経が終わって住職が一旦退席したのち、何の案内もないため、三〇〇名程の弔問客が言わばパニック状態となって、順不同で焼香し、殆どの人が帰宅してしまった。そのため、弔問客は三〇ないし四〇名程しか残らず、通夜は、その時点で通夜の体裁をなさない状態となり、住職による二度目の読経こそ行われたものの、市議会副議長は挨拶を用意していたにもかかわらず、それもできないまま散会となってしまった。

(2) 特大遺影の処理に関する不完全履行

葬儀社は、式場設営の義務を負っているから、式終了後の会場の後片付けとそこからの種々の物品の撤去義務も負っている。また、一般に、式場に遺族から持ち込まれたもので、遺族が火葬場に携行しないものについても、遺族のもとに直接届けるか、少なくとも第三者に対し、遺族に届けてくれるよう依頼するなどして、最終的処理をするべきものである。したがって、式場に設置された故人の特大遺影の処理についても原告の債務の内容に当然含まれているものである。

告別式終了後、故人の特大遺影が極寒の戸外(体育館前)に吹きさらしの状態で放置されていた。

2  原告の立替金請求について

原告は、甲野太郎の葬儀の事務を処理するのに必要な費用として、次のとおり、合計一五万九五〇〇円を、遅くとも平成三年三月三一日までに、立て替えて支払った。

霊柩車自動車代 三万八五〇〇円

席桂立札代 三万円

式服代 二万八〇〇〇円

ドライアイス代 二万七〇〇〇円

遺体処置・納棺料 一万円

寝台車代 一万六〇〇〇円

貸布団代 一万円

3  被告の相殺の主張について

(一) 葬祭契約は、通常のサービス提供とは異なり、故人に対する最後の告別の機会という意味で、遺族等に対する精神的意義の非常に大きいサービスの提供契約である。したがって、単に物質的に準備するというだけでなく、式自体が滞りなくしめやかに行われることが重要である。原告の前記1(二)(1)の不完全履行により、被告は、故人の小松市議会議長現職中の事故死であるにもかかわらず、数多くの弔問客及び小松市民に「恥をさらす」恰好になり、また、故人にたいしても取り返しのつかない醜態を招いた感を拭いきれず、重大な精神的苦痛を受けた。また、特大遺影の処理についても原告の同1(二)(2)の不完全履行により、被告は同様の苦痛を受けた。

被告のこの精神的苦痛を慰謝するには少なくとも一七〇万円が相当である。

(二) 被告は、原告に対し、平成三年一〇月二日の本件口頭弁論期日において、右(一)の債権をもって、原告の本訴債権とその対当額で相殺する旨の意思表示をした。

第三  争点に対する判断

一  争点1(通夜における不完全履行)について

1  証拠(甲号及び乙号各証・証人Y、同Sの各証言、原告代表者本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 甲野太郎は、平成二年一二月二四日午前四時二二分、小松市民病院において、高血圧性脳内出血が原因で死亡した。原告は、その遺体を、右病院の依頼により、石川県小松市大文字町にある右甲野の自宅に運んだ関係から前記のとおり、被告との間で葬祭契約を結んだ。

(二) 甲野太郎の遺族(被告は甲野太郎の長男)は、当初個人葬を考えていたが、同人が小松市議会の現職の議長であったことから、平成二年一二月二四日夕方ころまでに、甲野家と小松市議会の合同葬をすること、葬儀の場所も小松市末広体育館と決まり、その葬儀委員長は同議会副議長の丙沢三郎が務めることになった。右話合いは、右丙沢及び小松市議会事務局長と遺族から打合せを依頼された大文字町の役員らの間でされたもので、通夜の最後に葬儀委員長か遺族の誰かが挨拶をするという話もでていたが、誰がそれをするかについては、通夜当日まで必ずしもはっきりと決まっていた様子ではなかった(証人Sは、通夜終了の際の挨拶は葬儀委員長がすることになっていたと証言するが、証人Yの証言に照らすと、右証言は直ちに採用できない。)。なお、原告には、通夜の司会をして欲しいという依頼はなかった。

(三) 通夜は、平成二年一二月二六日午後七時過ぎに、町内会長の挨拶(挨拶の示唆を原告の従業員がした。)を契機に、読経が始まり約二〇分程で一回目のそれが終わり住職が退席した。その後、弔問客は焼香の案内がないまま、その一人が焼香に立つと他の弔問客もそれに追随して焼香した。そして、焼香の順番の案内もないため、順不同の焼香であった。そして、約三〇〇名程いた弔問客は、焼香の後に、三々五々と帰ったため、二度目の読経が始まるころには三〇ないし四〇人程の弔問客しか残らず、二回目の読経が終わった後も、最後の挨拶がないまま通夜は終わってしまった。

通夜の導師は、被告の依頼により日蓮宗のDがすることになり、当日、日蓮宗の読経が行われた。

(四) 小松地域の葬儀では、浄土真宗で行われることが多く、その場合の通夜の式順としては、僧侶が七ないし八分間一回目の読経をし、途中休憩があって、その間に一般焼香を行い、その後に、二回目の読経が同じ程あり、最後に遺族が挨拶をして終了するという手順で、全体としては約三〇分程になる。日蓮宗の通夜も、浄土真宗の場合と大筋においてかわらないが、読経が長いので、通夜は小一時間程を要する。そして、弔問客は、一般に、一回目と二回目の読経の間に、焼香の案内がなくても、焼香を始めることがあり、また、弔問客が焼香後、式場を去ることは非礼に当たらないとされている。また、葬儀屋の立場としては、契約の相手方から、依頼されれば、司会をして焼香を勧めたり、遺族等が最後の挨拶をする際、そのための前口上をすることがある。

(五) 原告代表者の乙川は、通夜の式場に立ち会う予定であったが、当日午後六時ころ、根上総合病院から金沢へ遺体を運ぶ寝台車の要請があったため、従業員に通夜の立会いを指示したうえ、そちらへ向かい、その仕事を済ませてから式場に向かったため、通夜の式場についたのは同日午後八時半過ぎになってしまった。

(六) なお、通夜当日の午後七時ころ、小松の気温は、摂氏2.9度程度で、式場の体育館には暖房器具が準備されていたものの、天井が高いため暖房は充分な状態ではなかった。また、原告は、通夜の葬儀事務について、被告が指摘する点を除いては、受任した事務を履行した。

2  葬祭契約において、葬儀事務の受任者としては、遺体の納棺、安置、祭壇の設置等の物理的な事務をするのは当然であるものの、そのほかに、式の司会をしたり、その式次第や司会者の発言内容まで、指導すべき義務を当然に負うとまでは速断できず、委任者から明示の依頼があれば、その限度で、右後者の義務を負うというべきであるが、明示の依頼がない場合でも、概して悲しみの渦中にある遺族としては葬儀を円滑に進行することについて配慮できる程の精神的余裕はなく、また、死から葬儀まで時間的余裕がないうえに葬儀の主催者になることは一生のうちで何度も経験することではないことに照らすと、通常の場合は、葬儀の進行についても、葬儀屋に配慮すべきことを黙示的に依頼しているとみるのが相当である。しかし、本件の場合には、葬儀が甲野家と小松市議会の合同葬で、その進行等についての打合せは市議会側の担当者と遺族から依頼された大文字町の町会役員の間で行われ、しかも、その進行に関する打合せの詳細な結果(通夜)について原告に知らされていたと認めるに足りる証拠はなく、また、合同葬で公の機関が主催者側にいる以上、葬儀の進行について、原告が依頼のないまま、その進行に干渉ないし助言を与えることに躊躇することは止むを得ないことであり、葬儀(通夜)の進行については黙示の依頼もなかったとみるのが相当である。そうすると、通夜の進行について、前記認定のような混乱があったとしても、それは原告の不完全履行が原因であるとはいえないのみならず、そもそも、弔問客の多くが一回目の読経終了後焼香したのちに退席したことは、通夜当日の室温、通夜のしきたり等からみて、進行の稚拙の有無にかかわらず、起こり得た現象といわざるを得ないから、原告に通夜について不完全履行があったということはできない。

二  争点1(特大遺影の処理に関する不完全履行)について

1  前掲各証拠によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件葬儀では、通常の遺影の他に、特大の遺影(幅は0.9メートル、高さは1.05メートル)が掲げられ、前者は会場外の焼香場である玄関正面に、後者は会場内の祭壇中央に設置された。遺族は、出棺のとき、通常の遺影を持って火葬場に向かったものの、特大の遺影は、祭壇が撤去された後、会場である体育館の外に放置されていた。被告ら遺族が火葬場から自宅に帰り個人の遺徳を偲んでいる午後五時過ぎ(なお、告別式は午前一一時開始)ころ、被告の親族から右遺影の状態を知らされたため、急遽、その遺影の処置を手配すると同時に、S(被告の弟)が原告にその旨電話したところ、乙川は、「後片付けは途中まで段取りしたが、その後は花屋に任せた」と答えたため、同人は立腹し、乙川に「人に頼むだけがあんたの仕事か」と怒鳴り返す一幕もあった。

(二) 乙川は、特大遺影が必要であるという話を聞き、出入りの写真屋にあたったもののその目的を達せず、結局、被告の方で、その準備をした。乙川は、特大遺影を祭壇に設置する時にも、その位置を指示したほか、祭壇撤去にあたっても、右遺影の取り外しを他人に指示したが、その最終的な処置については原告の仕事の範囲外にあるとして、祭壇から取り外した後の行方につき関心を抱いていなかった。なお、原告は、告別式の葬儀事務について、被告の指摘する点を除いては、受任した事務を履行した。

2  葬祭契約の受任者としては、式場設営の義務の一環として、式終了後の会場の後始末の義務を負担しており、たとえ、遺族から会場に持ち込まれたものであっても、それが祭壇構成の重要な位置を占め、しかも、遺族が火葬場に携行できないような大きな物である場合には、遺族が火葬場にいるとき等に行われる祭壇撤去にあたり、その物の処置について、充分な配慮をすべき義務のあることは当然で、たとえ、遺族側でその物を持ち込んだ以上、遺族側でその物について何らかの最終的な処置をするであろうとの期待があったとしても、少なくとも、遺族である被告らにその処置の指示をあおぐべき義務があったというべきである。したがって、乙川が本件の特大遺影を祭壇から取り外した後、それが自分の仕事の枠外にあるからという理由で放置しておいていいということにはならず、右遺影の放置について、原告にも責任があったというべきである。

三  争点2について

甲第六号証及び弁論の全趣旨によれば、争点2の事実が認められる。

四  争点3について

1  通夜の不完全履行に関する相殺の主張の点は、前記のとおり、原告に不完全履行があったとは認められないから失当である。

2  特大遺影の放置については、原告に不完全履行のあったことは前記のとおりであり、その慰謝料は、諸般の事情を考慮すると一五万円が相当である。

争点3(二)の事実は、本件記録により明らかである。

五  結論

以上の事実によれば、原告は葬儀料金として一五九万〇四七二円とこれに対する平成三年四月二〇日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金並びに立替費用として七万九〇二八円とこれに対する同年三月三一日から支払ずみまで同率の利息の支払請求権を有するところ、被告の相殺の抗弁は一五万円の限度で理由があるから、これを右葬儀料金及び立替費用の元本割合に応じて充当すると前者の元本は一四四万七五七二円、後者のそれは七万一九二八円となる。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 遠山和光)

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